欧州顔料・染料・充填剤製造業団体(Eurocolour)と欧州合成非晶質シリカ生産者協会(ASASP、Cefic傘下)は連名で声明を発表しました。両団体は欧州化学品庁(ECHA)が提示した二酸化ケイ素の調和分類・表示(CLH)に関する提案に反対の立場を示し、本提案は科学的根拠が不十分であり、法令の本来の趣旨から逸脱する可能性があると指摘しています。
ECHAは二酸化ケイ素を特定標的臓器毒性、反復曝露区分1(STOT RE 1)に分類する方針を打ち出しました。2025年3月7日にはリスク評価委員会(RAC)が同方針を採択・支持したことで、規制手続きは重要な局面に進んでいます。一方で、この決定により産業界と規制当局の対立はさらに深刻化しています。
物質の定義に関する課題
業界専門家が詳細な検証を実施したところ、RACの評価見解は根拠の乏しい仮説に基づいており、科学的な裏付けが大幅に欠如しているとの結論に至りました。特に問題となっているのが物質の定義が曖昧な点です。
ナノ・非ナノの区分が不明確
RACは付属書Ⅵの品名に「ナノ(nano)」の用語を使用しているにもかかわらず、当該分類がナノ体・非ナノ体の両方に適用されると表明しており、記載内容に矛盾が生じています。
性状の異なる製品を一括扱い
RACは粉体状の乾式シリカ(燃焼法)、沈降シリカ、シリカゲルと、水分散液の形態のみで流通するコロイダルシリカを同一物質とみなしています。各種シリカの粒子形状、物理化学的性質、凝集特性の違いが一切考慮されていません。
試験手法と実使用環境の乖離
分類試験では特定の粒径を作り出すため、実際の製品より大幅に高いせん断力を加えています。この試験条件は職場や日常生活における二酸化ケイ素の実在形態とは大きくかけ離れており、上市時の実物性状での試験が実施されていないことから、取得データをCLP分類の根拠とすることは妥当ではありません。
ラットとヒトの生理構造の相違
RACの分類判断は主にラットを用いた高濃度吸入試験の結果に依存しており、種間の生理的差異が無視されています。
ヒトの肺胞はラットと比較して幅が約3倍、容積が約20倍大きいため、マクロファージによる閉塞を引き起こすことなく多量の粒子を取り込めます。ラットのマクロファージは刺激を受けると40~80μmまで膨張し肺胞を塞ぐのに対し、ヒトのマクロファージは同規模の膨潤が生じず、粒子を取り込んだ後も流動性を保ちます。
複数の研究により、ラットで確認される「肺オーバーロード(Lung Overload)」は種固有の病態メカニズムであることが明らかになっています。同現象はマクロファージの固定化、細胞老化・破壊を伴うもので、ヒトの体内構造では発生し得ません。
疫学調査の結果、過去数十年間にわたり合成非晶質シリカ(SAS)に曝露した作業者に健康被害は確認されていません。RACがこれらの調査データを否定する根拠は薄弱です。
シラノール基による毒性メカニズムの仮説の否定
RACは二酸化ケイ素表面のシラノール基が肺組織の炎症反応や活性酸素種(ROS)の生成を引き起こす原因だと主張していますが、産業界はこの見解を反駁しています。
SAS表面の水酸基は190℃を超える加熱環境でなければ脱水酸基反応を起こさず、ヒトの肺内環境では直接ROSを生成することはありません。
試験管内で観察されるROSは主にマクロファージ自身の免疫賦活反応に由来する生理的な反応生成物であり、粒子表面の化学性状が原因ではありません。
体内環境においてSAS粒子は肺内に侵入後、タンパク質と結合してプロテインコロナを形成し、細胞外のROS産生を抑制します。無血清環境で行う試験管内試験はROSの数値を過大に算出するため、生体内の実態を反映したデータとはなりません。
CLP法令の枠組みから逸脱する懸念
EurocolourはCLPによる有害性分類が物質の固有物性に基づく必要があると指摘しています。非特異的な粒子の物理的作用による適応性炎症反応を分類根拠とする手法は、CLP法令の制度趣旨に反するとの見解です。
過去の二酸化チタン(TiO₂)関連訴訟では、裁判所が粒子に由来する物理的影響は物質固有の性質ではないと判決し、同様の有害性分類を棄却した経緯があります。現在EU関連当局が二酸化ケイ素やタルクにおいて同様の過ちを繰り返そうとしている状況です。
二酸化ケイ素は医薬品や化粧品をはじめ多岐にわたる産業分野で汎用されており、短期間で代替素材の開発は困難な状況です。拙速な分類決定はサプライチェーン全体に多大な悪影響を及ぼします。
英国HSEの慎重な姿勢
2026年4月、英国安全衛生庁(UK HSE)は英国版CLP(GB CLP)制度に基づきSASに関する技術報告書を公開しました。報告書では現時点でSTOT RE区分による分類を確定するだけの証拠が整っておらず、追加の評価が必要であると結論付けています。
UK HSEはRACの見解が既存の全ての科学的知見を網羅していないほか、新たな追加証拠の検証を進める必要があると指摘しました。英国政府は当面STOT REの強制分類を導入せず、SASをCLP第37A条に基づく強制分類・表示(MCL)の対象候補に位置付け、全データセットを総合的に再検証する方針です。
業界からの要請事項
EurocolourとASASPは関連当局に対し、以下の3点を要請しています。
規制当局がCLP制度における粒子状物質の取り扱い基準を明確化するまで、SASに関するCLH分類手続きを一時停止すること。
粒子の物理的影響に関する科学的知見を深め、難溶性低毒性(PSLT)粒子の明確な定義と評価基準を整備すること。
有害性分類の代替施策として職業曝露限界値(OEL)制度を導入し、当局と産業界が連携して科学的な規制体制を構築すること。
企業の皆様への留意点
REACH24Hは関連事業者の皆様に対し、二酸化ケイ素の規制動向を随時注視し、輸出製品の戦略を速やかに見直し、法令適合義務を適切に履行するよう呼びかけています。
