施策の一つとして提示された規則案では、ヒト用・動物用食品に使用する物質について、製造事業者が「一般に安全と認められる(GRAS:Generally Recognized As Safe)」と判断した場合、米国食品医薬品局(FDA)への GRAS 通知を義務付ける内容が盛り込まれています。

FDAは、「一般に安全と認められる(GRAS)物質」に関する規則案を公表し、連邦規則集21 CFR Part 170およびPart 570を改正することで、現在は任意となっているGRAS通知制度を義務化する方針を示しました。本規則案のDocket No.はFDA-2025-N-3262、規制識別番号(RIN)は0910-AJ02です。
現時点では、規則案はまだ最終化されていません。規則案では120日間のパブリックコメント期間を設けるとともに、最終規則は公表から60日後に発効し、GRAS通知の義務化については18か月間の猶予期間を設定することが示されています。
具体的なコメント提出期限および最終的な対応期限については、FDAによる『Federal Register(連邦官報)』への正式掲載時に確定する予定です。
FDA規則案の主なポイント
1.GRAS通知を「任意」から「義務」へ
規則案の内容
FDAは、21 CFR Part 170およびPart 570を改正し、連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C Act)第201(s)条に基づき、ヒト用または動物用食品に使用する物質(直接添加剤、食品接触物質・包装材料を含む)を州間商業流通に投入する事業者に対して、FDAへのGRAS通知を義務付ける方針です。
政策上の背景
今回の規則改正は、米国保健福祉省(HHS)ロバート・F・ケネディ・ジュニア長官の指示、ならびに「Make America Healthy Again」構想に基づく施策です。
従来の「Self-affirmed GRAS(自己認証型GRAS、以下「Self-GRAS」) のみで FDA へ通知なしに上市可能」なルートを廃止する方向です。FDA が市場に流通する食品添加成分を把握できる体制を整備し、市場の透明性向上を目的としています。
2.GRAS通知義務の適用除外
規則案では、以下のいずれかに該当する場合、義務的なGRAS通知(mandatory GRAS notice)の提出を免除できるとしています。
既に無疑義通知(No Questions Letter)を取得している場合:当該物質の特定の予定用途について、FDAからすでに無疑義通知を取得している場合です。
既に法令上GRASとして規定されている場合:ヒト用食品については21 CFR Parts 182、184、186、動物用食品についてはParts 582、584において、対象となる用途がGRASとして明示的に収載または確認(Affirmed)されている場合です。
伝統的な食経験等に基づくGRAS要件を満たす場合:一定の歴史的な食経験を有する、伝統的な生物由来食品成分など、所定の条件を満たす場合です。
FDAのその他の既存手続による評価を受けている場合:バイオテクノロジーを利用した新たな植物品種や、培養肉細胞などに関するFDAの相談・評価手続を経ており、FDAからGRAS通知の提出を推奨されていない場合です。
閾値規制(Threshold of Regulation:TOR)免除を満たす場合:TOR免除が認められている(微量移行・極めて低い食事ばく露)場合です。規則案では、TOR免除手続の範囲を従来の「食品接触物質」から、「食品および食品接触物質」へ拡大するとともに、発がんリスク評価に使用する科学的な算定基準も更新することが示されています。
有効な食品接触物質通知(FCN)がある場合:特定の製造事業者または供給事業者について、対象となる食品接触物質に対する有効なFCNを取得している場合です。
移行期間中の簡易届出(Streamlined Submission)を完了している場合:最終規則の発効前から市場に流通している既存のGRAS物質について、所定の移行期間内に簡易情報を提出し、公開リストへの収載を完了している場合です。
3.既に市場で使用されている物質に対する移行措置
期間限定の簡易届出制度
最終規則の発効日前から州間商業流通に投入されている既存のSelf-GRAS物質については、企業が最終規則の発効後1年以内に簡易情報をシステム上で提出できる仕組みが提案されています。
提出する情報には、主に以下が含まれます。
提出者情報
物質名
用途および使用量
過去に市場流通していたことを示す資料など
このルートを利用する場合、企業は当初から完全なGRAS安全性評価資料一式を提出する必要はありません。
簡易届出を利用できないケース
ただし、対象物質についてFDAから過去に根拠不足通知書(Insufficient Basis Letter)交付を受けている場合、またはFDAが明確に「GRASではない」と判断している場合、この簡易届出制度は利用できません。その場合には、完全なGRAS通知または食品添加物申請(Food Additive Petition)を行う必要があります。
4.提出手続および行政ルールの変更
電子提出の義務化
ヒト用食品に関するGRAS通知およびTOR申請については、中央オンライン提出モジュール(COSM)を通じた電子提出が義務付けられる予定です。動物用食品については、FDA Center for Veterinary Medicine(CVM)へ電子メールで連絡し、提出手続を行うこととされています。
審査期間とプロセス
受理前評価(Pre-filing):FDAは、申請を受領してから45日以内に初期評価を行い、正式に受理するかどうかを判断します。また、受理・不受理の判断後、2営業日以内に申請者へ通知する予定です。
評価期間:正式受理後の評価期間は180日です。必要に応じ 90日間の延長を1回実施可能なほか、新たに2回目の90日延長も認める仕組みが導入される予定で、審査期間は最長 360 日となります。
外国語資料:英語以外で作成された資料を提出する場合には、完全かつ正確な英訳を添付する必要があります。
GRAS制度改革の背景
GRASはGenerally Recognized As Safeの略で、「一般に安全と認められる」という考え方です。米国の連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C Act)第201(s)条では、ある物質について、特定の予定使用条件下での安全性が、必要な科学的訓練と経験を有する専門家の間で一般的に認められている場合、その用途はFDAによる事前承認を必要とする「食品添加物」には該当しないとされています。
この制度は、1958年の食品添加物修正法(Pub. L. 85-929)に由来します。同改正では、食品添加物について原則として上市前の審査・承認を必要とする基本的な制度が設けられる一方、GRAS要件を満たす用途についてはその対象外とされました。
現在のGRAS通知制度は2016年に正式に確立されており、その根拠には21 CFR 170.205(ヒト用食品)および21 CFR 570.205(動物用食品)が含まれます。現行制度では、企業は自らGRAS安全性の結論を得ることも、FDAへ任意でGRAS通知を提出することもできます。また、FDAへ通知した場合でも、通常はFDAからの回答を待つことなく、その物質を州間商業流通に投入できます。
今回の規則案でFDAは、現在の任意通知制度では、市場で使用されているすべての食品関連物質をFDAが把握できないという問題を指摘しています。
一部の企業では、十分な科学的根拠がないままGRASと自己判断しており、2022年にTara flourによって数百人が体調不良を訴えた事例や、カフェイン入りアルコール飲料、Delta-8 THCを含有する食品、ステビア粗抽出物などの問題が発生した後、FDAが初めてその使用を把握するケースもありました。
また、従来の制度では、企業がFDAに対してGRAS通知の評価終了を自ら要請し、安全性に関する疑問が解消されないまま市場投入することが可能となるケースがありましたが、規制当局にはその後を十分に追跡する仕組みがありませんでした。
現在では、食品成分や代替包装材料の種類も急速に増加しています。また、一部の栄養成分、例えばカルシウム塩などについて、複数の食品から摂取することによる累積的な食事摂取量が上限値(UL)に近づく、あるいは上回るケースもあり、より一元的な監督・評価の必要性が高まっています。
食品・食品原料企業への影響
今回の規則案が最終的に施行された場合、食品製造事業者、食品原料サプライヤー、動物用食品事業者、および関連製品を米国へ輸出する海外企業にも直接的な影響が及びます。
一方では、GRAS通知の義務化により、新規成分、新規用途、または既存のSelf-GRAS用途を米国市場へ投入する際に求められる資料準備の水準が高まります。
企業はこれまで以上に早い段階で、製品に使用する物質について、
食品添加物に該当するのか
既に利用可能な法規上の使用根拠が存在するのか
GRAS通知を通じて安全性の根拠を示す必要があるのか
を確認する必要があります。
一方、今回の規則案では、既に使用されている物質を対象とした期間限定の簡易届出制度を設けることで、すべての過去の使用について直ちに完全なGRAS通知を再提出することを求めない方向性も示されています。
HHSは、この措置によってFDAが既存用途に関する情報を把握できるようにしつつ、企業に不必要な規制負担を課すことをできる限り避ける考えを示しています。
企業が早期に進めるべき4つの準備
1.GRAS用途リストを作成する
米国市場向け製品を一つずつ確認し、GRASに依存している用途を整理することが重要です。
対象には、以下を含める必要があります。
直接使用する食品原料
複合原料
加工助剤
動物用食品の原料
食品への移行が想定される食品接触材料関連物質
2.適用される規制ルートを区分する
各物質の用途について、既に適用可能な食品添加物規則、Food Contact Notification(FCN)、その他の適法な市場参入根拠があるかを確認します。
GRASの結論に依存している用途については、過去にFDAへGRAS通知を提出したことがあるかどうかも明確にしておく必要があります。
3.科学的根拠資料を再確認する
安全性資料が実際の使用条件を適切にカバーしているかを確認する必要があります。
特に、以下の情報は重点的に確認することが重要です。
物質の同一性
純度および不純物
製造工程
想定される食品カテゴリー
最大使用量
食事ばく露量の推定
毒性学データ
既存のGRAS資料でも、物質の同一性、製造工程、予定用途、食事ばく露、安全性資料などが重要な構成要素となっています。
4.サプライチェーン契約と情報入手体制を整備する
外部から原料を調達している場合には、サプライヤーに対して、適用可能な規制根拠、GRAS通知番号、または安全性を裏付ける資料の概要などの提供を求めることが重要です。
また、契約書において、資料更新への対応、規制当局からの照会への協力、関係者間の責任分担を明確にしておくことが推奨されます。
現時点で、本規則案はまだ提案段階にあり、最終的な法的拘束力を有する規則にはなっていません。
企業は今後、Docket No. FDA-2025-N-3262について、『Federal Register』に掲載される正式文書、パブリックコメントの締切日、最終規則の発効日、および既存のSelf-GRAS用途を対象とする期間限定の簡易届出制度の具体的な内容を継続的に確認する必要があります。
そのうえで、規則の最終化を待つのではなく、早い段階から自社の食品成分と関連資料について内部点検を進めておくことが重要です。
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