本稿では、REACH24Hが、食品分野における真菌菌糸体の用途と安全性、ならびにEUおよび米国における規制要件について解説します。
なぜ真菌菌糸体が注目されているのか
菌糸体を食品に利用する考え方自体は、決して新しいものではありません。例えば、インドネシアの伝統的な食品である「テンペ(tempeh)」では、真菌菌糸体を用いて大豆を発酵させる方法が、数百年にわたり受け継がれてきました。
近年では、バイオリアクターを用いて菌糸体を精密に培養する技術が発展し、高効率かつ品質管理しやすいタンパク質源を生産できるようになっています。その代表例が、英国で開発されたQuorn™の代替肉製品です。同製品には、Fusarium venenatumを由来とするマイコプロテインが使用されています。このような生産方法は、生産効率に優れるだけでなく、環境負荷を大幅に低減することが可能です。
菌糸体由来食品には、主に次のような特長があります。
高い生産効率: 真菌は炭水化物を短期間でタンパク質へ変換でき、高い生産量を実現できます。
優れた食感: 菌糸体が本来備えている繊維状の構造は、肉に近い食感を再現しやすいという特長があります。
持続可能性: 従来型の畜産業と比べて、菌糸体の生産では土地や水の使用量、温室効果ガス排出量を大幅に抑えることができます。
規制の概要:EUと米国の規制枠組み
真菌菌糸体由来食品には大きな可能性がある一方、市場投入の実現可否は、各国・地域の規制審査および申請手続きに大きく依存します。
EUと米国では、主に以下の規制枠組みが適用されます。
EU:新規食品
規則(EU)2015/2283、いわゆる「新規食品規則」に基づき、菌糸体由来成分の多くは「新規食品(Novel Food)」に該当します。ただし、1997年5月15日より前にEU域内で人によって相当量が消費されていたことを証明できる場合は、この限りではありません。
新規食品の申請者は、通常、以下の情報を含む詳細な技術資料を提出する必要があります。
真菌の種および菌株に関する同定情報
製造工程および汚染防止・管理措置
組成データおよび製品規格
毒性学的評価
例:遺伝毒性試験、必要に応じた90日間反復投与試験などアレルゲン性評価
摂取量およびばく露評価
欧州食品安全機関(EFSA)が安全性に関するリスク評価を行い、その後、欧州委員会が認可の可否を判断します。オランダ企業The Protein BreweryのFermotein®を例に挙げると、Rhizomucor pusillus由来のマイコプロテインについて、2025年にEFSAが安全性に関する肯定的な科学的意見を採択しました。これは、菌糸体由来食品業界にとって重要なマイルストーンとなりました。
米国:GRAS制度
米国では、菌糸体由来食品について、「一般に安全と認められる(GRAS:Generally Recognized as Safe)」との結論に基づき、市場投入を進めることができます。
企業は、米国食品医薬品庁(FDA)にGRAS通知を提出する方法、または専門家による評価を経て、自社でGRAS該当性に関する結論を確立する方法を選択できます。
EUと同様に、米国での評価においても、菌株の同定、製造工程、毒性学的データ、アレルゲン性データなどが必要です。ただし、米国のGRAS制度はEUの新規食品認可制度と比べて比較的柔軟であり、手続きをより迅速に進めやすいという特徴があります。
すでに複数の菌糸体由来タンパク質についてGRAS通知が行われています。例えば、米国企業Nature’s FyndのFyプロテインは、Fusarium flavolapisを由来としています。同原料については、2021年にFDAが、企業によるGRAS結論に対して「異議なし」と回答しました。その後、同社は複数の製品を市場に投入しています。
安全性:菌糸体由来食品で押さえるべきポイント
菌糸体由来食品には大きな将来性がありますが、安全性については厳格に管理する必要があります。主な検討事項は次のとおりです。
非病原性菌株の使用
食品への利用に当たっては、毒性や病原性がないことが確認された菌株を使用する必要があります。例えば、Quorn™に使用されているFusarium venenatum A3/5株は厳格な評価を受けており、製造工程では有害なマイコトキシンが検出されないよう管理されています。
アレルゲン性と消化性
菌糸体の細胞壁には、食物繊維の一種であるキチンが含まれています。そのため、摂取した人の一部に、軽度の胃腸の不快感が生じる可能性があります。また、菌糸体由来タンパク質によるアレルギー反応は少ないと考えられていますが、カビにアレルギーのある人が反応する可能性は否定できません。このため、表示内容を適切に管理し、消費者に必要な情報を提供することが重要です。
代謝面の安全性
初期の単細胞タンパク質では、RNA含有量が高いことにより、尿酸値が上昇する可能性が懸念されていました。現在の菌糸体由来製品では、加熱処理や細胞の不活化などの工程を通じてRNA含有量を低減しており、通常は2%未満に管理されています。
栄養価
菌糸体由来食品は、タンパク質を豊富に含み、脂肪が少なく、コレステロールを含まないという特長があります。一方で、ビタミンB12の含有量が低い場合があるため、食事全体の栄養設計において補完する必要があります。
業界への影響と規制対応上のポイント
業界への影響
生産・研究開発
企業は、規制要件を満たす製造工程を構築するために、十分な研究開発資源を投入する必要があります。また、使用する菌株の安全性を確認するとともに、製品の品質と組成を一貫して管理しなければなりません。
市場参入
EUの新規食品認可プロセスは長期化する可能性があり、製品の市場投入時期に影響を与えることがあります。
一方、米国のGRAS制度は比較的柔軟であるため、早期の市場参入を目指す企業にとって有力な選択肢となります。
消費者からの信頼
規制上必要な安全性評価や手続きを経た製品は、消費者からの信頼を得やすくなります。特に、食品安全に対する意識が高い市場では、科学的根拠と透明性が重要です。
規制対応に向けた提案
早期の規制戦略策定
製品開発の初期段階から規制要件を考慮し、菌株の選定、製造工程、毒性学的データなどが対象市場の要件を満たすよう計画することが重要です。
技術資料の整備
菌株の同定資料、製造工程に関する情報、毒性学的試験、アレルゲン性評価などを含む、包括的な技術資料を準備する必要があります。
表示管理
アレルギーに関する情報を明確に表示し、製品情報の透明性を高めることが重要です。
専門家との連携
専門的な規制対応機関と連携することで、申請戦略や資料構成を最適化し、手続きをより効率的に進めることができます。
今後の展望
真菌菌糸体は、持続可能で栄養価の高いタンパク質源として、代替タンパク質市場の中核を担う可能性があります。一方で、EUで市場投入するためには、引き続き新規食品としての認可手続きに対応しなければなりません。EFSAがRhizomucor pusillus 由来のFermotein®などの菌糸体由来製品に対して肯定的な安全性評価を示したことにより、今後数年間で、より多くの菌糸体由来食品が市場に登場する可能性があります。
企業にとって、規制対応を早期に計画し、製品の安全性と情報の透明性を確保することは、市場で先行優位性を獲得するための重要な条件です。今後、関連規制の整備と消費者需要の拡大が進むにつれて、菌糸体由来食品は世界の食品供給システムにおいて、さらに重要な役割を担うと考えられます。急速に成長するこの分野で先行優位性を確保するためにも、企業はできるだけ早い段階から規制対応に着手することが重要です。
