米国の「有害物質規制法(TSCA)」の規定によりますと、企業は新たな化学物質を商業的に流通させる前に、新規物質届出を提出する必要があります。この届出には、製造前届出(PMN)や少量免除(LVE)などが含まれます。しかし、長年にわたり、これら重要な届出項目の審査期間は極めて長くなっています。
この状況の背景には複数の要因があります。例えば、米国環境保護庁(EPA)が継続的に直面している課題として、予算不足、技術スタッフの不足、また過去の未処理案件の積み残しなどが挙げられます。これらの構造的な問題により、EPAはTSCA法に定められた期間内での審査完了が難しくなっています。法定のPMN審査期間は90日間、簡易届出(少量免除LVEなど)は30日間とされていますが、実際に期限内に審査が完了するケースはごくわずかであり、新規化学製品を市場に販売しようとする企業に、大きな不確実性をもたらし、プロジェクトの大幅な遅延を引き起こしています。
企業はEPAの公式ウェブサイトで各届出の受理日や発効日を確認することで、実際の審査期間を推定することができます。EPAは基本的に「先着順」で審査するという原則に従っています。
図1:TSCA簡易届出(少量免除LVE/低放出および低曝露免除(LoREX)/試験販売に関する免除(TME)の公式の例
図2:TSCA通常届出(製造前届出PMN)の公式サイト掲載例
最新の公示情報の統計によりますと:
今年1月から5月21日までに、EPAは合計88件の簡易届出(LVE/LoREX/TME)を受理しており、そのうち68件は未だ最終決定を受けておらず、3月13日以降に提出された届出はすべて審査が開始されていません。
昨年5月21日から今年5月21日までの間に、EPAは143件のPMN/SNUNを受理し、そのうち128件は依然として最終決定がなされていません。
遅延の原因は複雑であり、EPAが過去の未処理案件を優先的に対応していることや、申請者による資料収集の遅れ、資料補完後のEPAの再審査、またはEPAの審査プロセスの非効率性などに関わる可能性があります。しかし、どんな具体的な理由であれ、企業にとっての最終的な結果は、届出が決定されず、計画通りに貿易を開始できないということであり、市場戦略に深刻な影響を及ぼしています。
アメリカとカナダの新規物質届出制度の比較:審査モデルに顕著な差異
カナダの「環境保護法(CEPA)」の新規物質届出制度とは異なり、米国TSCAは新規物質の上市に対してより厳格な要件を課しています。カナダでは、届出の審査期間が満了すると、たとえ当局による最終審査が完了していない場合でも、企業は通常、商業活動を開始することができます。このような「黙示的承認」の制度は、企業により大きな柔軟性を提供しています。
一方、米国におけるTSCA新規物質届出では、EPAが公式な評価を完了し、正式に承認するまで、企業は生産や輸入などの商業活動を行うことができません。承認を得ずに行う場合、高額な罰金や法的訴訟などのリスクに直面する可能性があります。
例えば、General Motors CompanyおよびUltium Cells LLCは、TSCA関連規定に違反し、新規物質を輸入する前にPMNを提出しなかったとして、EPAより29万ドルから65万ドルの民事罰金を科されました。
図3:EPAによる民事執行事例:General Motors Company and Ultium Cells LLC
図4:EPAによる民事執行事例:Shepherd Chemical Company
継続的な対応と滞留の現状
審査期間を短縮するために、EPAは新規物質届出の要点を説明するウェビナーの開催、第三者評価の専門家の雇用、財政予算の増額の働きかけ、新規物質届出の行政手数料の引き上げなど、積極的な対応を行っています。
多くの努力を払っているにもかかわらず、現在の公式データから見ると、新規物質届出の審査期間には依然として大きな改善が見られず、定められた30日/90日との間に依然として大く乖離しています。
過去数年間において、EPAは毎年平均して約500件の新規物質届出を受理しています。2025年5月1日時点で、EPA内部では依然として421件のPMN/SNUN/MCANプロジェクトおよび137件の簡易届出(LVE/LoREX/TME)が処理中であり、これらのデータはEPA内部の案件滞留が依然として深刻であることを明確に示しています。
EPAの内部再編:滞留問題の転機となるか?
深刻な滞留の課題に直面し、EPAは最近、「内部再編」という新たな措置をとっています。
EPA長官リー・マイケル・ゼルディン(Lee Michael Zeldin)氏は、5月3日発行の「ニューズウィーク」にて、前政権時においてEPA本部ビルの稼働率が低く、出勤率が不十分でありながら、機関の支出が大幅に膨張していたと述べました。また、数百件の新規化学品の審査や、12,000件を超える農薬審査が棚上げにされており、法定の審査スケジュールを大きく超過していることを指摘しました。
5月以降、EPAでは段階的に内部再編が開始されています。主要な変更の一つとして、科学研究開発局(ORD,Office of Research and Development)の約1500名の職員のうち、約400名が他の部局に異動し、残った職員については削減の可能性があると報じられています。同時に、「より安全な選択(Safer Choice)」プログラムの職員はTSCA新規化学品部門へ異動となって「エナジースター(Energy Star)」プログラムも廃止される可能性があります。
この再編により、「より安全な選択(Safer Choice)」および「エナジースター(Energy Star)」プログラムには大きな影響が出る可能性がある一方で、農薬および新規化学物質の登録を担当する化学物質安全・汚染防止局(OCSPP)にとっては、前向きな変化となる見込みです。OCSPPでは人員削減が行われることなく、むしろ他の部門から約130名の科学者、バイオインフォマティクス専門家、技術者、IT専門家がTSCA新化学品部門を配置する予定となっています。この調整により、歴史的な滞留案件の解消が期待され、新規化学物質の届出審査プロセスの加速が見込まれています。
しかしながら、一部の分析では、130名の科学者がOCSPPに加わったとしても、その効果が申請承認プロセスに具体的に反映されるまでには、今後18か月以上を要する可能性があると指摘されています。新たに配属された科学者はトレーニングと業務プロセスへの適応期間を要するため、滞留案件への即時的効果には時間差が生じる可能性があります。さらに、人員異動だけでは問題の根本的な解決にはならず、EPAが内部審査プロセスの最適化と情報伝達効率の向上を同時に図れるかどうかにかかっています。
REACH24Hは、米国TSCAにおける新規物質の実質的な審査期間が法定時間を大幅に超過している現状を踏まえ、企業が製品上市計画を立てる際には、法定期間よりはるかに長い審査期間を見込むべきであると指摘しています。あわせて、申請時には可能な限り詳細な資料を提出し、追加情報要求による待機時間の発生を最小限に抑えることが重要です。